移動遊園地について

夜の遅いこの街に
西の果て
ひときわ美しい光を放って
移動遊園地が来た
いつ来たのか分からないし
いつまでいるのか知らないけれど
移動遊園地が来た
どうして組み立てたのか
想像もつかないけれど
立派なメリーゴーランドが中央に陣取り
背丈の低い観覧車が厳かに回っていた
緑と赤と紫のテントの中では
ささやかなサーカス団が拍手を浴びて
子供らはソフトクリームに夢中になった
夕闇が夜の色を濃くしながら
藍色の空に星が浮かぶ頃
移動遊園地には
子供より大人の方が多くなって
ベンチというベンチは恋人たちで埋まった
花火が何処かで上がって
名前だけ聞いたことのあるバンドが
懐かしい歌を唄った
射的場の景品が月明かりでどれも蒼ざめて
向けられた銃口を拒むような顔をしていた
たくさんの屋台(?)が立ち並んで
ビールの匂いが
シャンパンの匂いが遊園地に溢れていた
近くを流れる川のせせらぎは
バンドの演奏と
メリーゴーランドの音楽に
かき消されたり励まされたりしながら
僕らの街の夜を深く濃く
絶対的な速度で
何年も前に計画された事業のように確かに
押し広げていった
僕はようやく移動遊園地のチケット売場の前にきて
痩せた老人の前に立った
「オトナ一枚」
僕がそういうと老人は流暢なイタリア語で
「オトナだって証明できる?」
と聞いてきた。証明?
僕はポケットに手を突っ込んだけど、
ポケットに東京タワーと
フィアット500の68年型が入っているだけだった
「出来そうにないな、証明なんて」
老人はカラカラと笑った。
「なら、コドモ料金で入るといい」
僕は訝しい顔をしてみた、老人は続けて、
「移動遊園地なんじゃよ、気にすることはない」
そういった。
僕はポケットの東京タワーを老人に渡して、
遊園地に入った。
どんなに穿ってみてもそれは夜の出来事で、
遊園地の中は完全なまでに完結した夜だった
僕は目に付いた店で、
白ワインを買った。
トレビアーノの味がした。
強い酸味とその奥にほんのりとある
キャンディのような可愛らしい甘みが
身体の疲れをほぐすような気持ちになった
気がつくと、
メリーゴーランドは止まっていた
観覧車は回るのをやめていた
全ての店は閉まっていた
僕はそこに立ち尽くして星と遊園地を見ていた
遊園地は不思議なことに
1分間に1cmくらいずつ
移動しているようだった
そんなことがあるわけがないのだ
こんな方法で移動は無理だし無茶だ
「驚いたかね?」
チケット売場の老人が話しかけてきた
「移動遊園地はこうやって次の目的地に行く」
「嘘でしょ?こんなの無理だ」
老人はカラカラと笑った。
「ワシも最初はそう思っておった」
でも案外このままいけるのだ、老人はそう言った。
「見ているかね?移動するとこを」
僕は老人を見た、老人はまた言った。
「しかしね、これが移動するのを見たものは、
チケット売場の担当になる事が義務付けられてる。
ワシもそうじゃった。45年前の夏、ワシは、
フィレンツェの小さな公園にコレが来た時、
遊園地が移動するのを二日二晩みていた」
僕は迷った、随分迷ったと思う。
「お前さん、仕事は?」
老人の目は真剣だった。
「特に何も、世の中の役に立つようなことは何も」
なら売場に座ってればいい。移動遊園地は世界中の子供の夢だ。全ての人がコドモ料金で入れる。
ここは、コドモの国なんだ。信じるかはお前さんの自由じゃが、老人はそう言って入口へと戻った。
僕は老人を追って、売場に座ることを願い出た。
僕は閉園した移動遊園地の売場に座った
そこはまるで最初から僕の場所だったかのように
しっくりと僕を出迎えてくれた。
老人は遊園地を去った。
45年勤めた、素晴らしい人生だった
僕にそう言い残して。
僕はチケット売場で朝が来るのを待った
胸がドキドキして眠れそうになかった
観覧車は今にも回り始めそうだし
メリーゴーランドの馬たちは音楽を待っていた
射的場の景品たちは朝日の方をにこやかに見つめ
僕はチケットを数字の順番に綺麗に並べ
最初の朝を待った
僕はこの街の名を知らない
どのみち、これからは
ひとつところに長居はしないのだ

ようやく東の空が明るくなってきた

konishi について

1977年6月26日生 京都出身 蟹座 A型 巳年 夢は文化人になること 目標は演劇集団アクト青山を100年続く劇団にすること!
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